素粒子・原子核実験におけるデータ収集エレクトロニクス

文部省高エネルギー物理学研究所

能町正治


その他のドキュメント


1、素粒子・原子核実験 素粒子・原子核の内部を支配する相互作用の性質を調べ物質の根源を探るためには、高いエネルギーの粒子のひきおこすミクロの反応を調べなくてはなりません。我々が調べようとしている反応では発生する粒子は寿命が非常に短く、直接測定することができないので、その粒子の崩壊した後の粒子を検出することによりどのような粒子であったかを検出しています。このため、崩壊後の粒子をすべて検出し、データを集めることによりはじめてどのような反応が起こったかが解ることになります。素粒子・原子核実験のデータ収集システムではこのような実験の特徴のため検出器からの粒子のデータを途中であまり処理できず、データを高速にすべて集めてから処理しなくてはなりません。このためのデータ収集用エレクトロニクスは実験装置からの数万から数十万チャンネルのデータを集めなくてはならず非常に大規模なものとなります。


2、素粒子・原子核実験のデータ収集システム  反応で発生した粒子の運動量やエネルギーは粒子の飛行時間、磁場中の軌跡、蛍光物質からのエネルギーに比例した光の測定などによっておこなわれます。このような量の測定のためのエレクトロニクスとしてはパルスの大きさを測るADCや飛行時間を計るTDC等が必要です。これらのエレクトロニクスを使ったシステムを効率よく構成するためにデータ読み出しシステムの標準化がはかられCAMACという計測用バスシステムの規格が1969年にできました。CAMACは24ビットデータ幅のTTL同期バスであり、アドレッシングはスロット番号と4ビットのサブアドレスによっておこなわれます。(EUR4100e,1972,ANSI/IEEEstd.583−1975)CAMACは素粒子・原子核実験のみならず放射線計測システムの標準バスとして広く使われています。  80年代にはいると当時急速に進歩したマイクロプロセッサを使ってCAMACより高速かつインテリジェントな読み出しを行おうと、FASTBUSという規格が1983年にできました。FASTBUSは32ビットデータ幅のECL非同期バスです。(ANSI/IEEEstd.960−1986)FASTBUSはいろいろな要求を満たすよう高度な機能を持った規格でしたが、残念ながらその複雑な規格により高エネルギー実験の一部を除いて普及しませんでした。 高エネルギー物理学研究所 ではトリスタン実験のために機能を簡略化しアナログ・デジタル混在回路をのせる為のみに目的を絞ったTKO規格を1984年に作りました。TKOは16ビットデータ幅のTTL非同期バスで今日の技術では非常に簡単に規格を満たすことができます。


3、素粒子・原子核実験とVME  ユーザーがFASTBUSを使わなかった原因はCPUボードやネットワークインターフェース、さらに実験に依らない一般的に使う、汎用モジュール等の品揃えが良くなかったことにあります。このため多くの実験ではFASTBUSでしか手に入らないモジュールだけをFASTBUSシステムとし、読み出しシステムはVMEを使うことが行われています。また新たにモジュールを開発する場合もFASTBUSでなくVMEで行われることが普通です。  VMEは現在産業界の標準として数多くのCPUボードやインターフェースボードが作られています。これらを使うことにより高速データ収集システムを少ない開発努力で行うことができるようになりました。しかし素粒子・原子核実験で使うにはそれらの産業界の汎用モジュールだけでは十分でなく実験装置へのインターフェースモジュールなどは開発しなければなりません。その場合現在のVMEの規格を越えた拡張が必要になります。まず、実験装置からの非常にたくさんの信号を処理するには6Ux160と言うボードサイズは小さすぎコストパフォーマンスの点で不利になります。このため9Ux400という大きなボードサイズを使うことによりモジュール当たりのチャンネル数を増やしています。またアナログ・デジタル混在回路を乗せた場合現在VMEで用意されている電源の種類は十分でないため拡張したコネクターを使ってそれらの電源を供給するなどが行われています。


4、素粒子・原子核実験とVMEの拡張  素粒子・原子核実験では現在新しいバス規格が求められています。その方向はFASTBUSの経験から産業界の標準を元とするべきと考えられています。1988年から始まったLEP(直径10kmの電子・陽電子衝突型加速器)実験においてFlashADCの読み出しなどにVMEを実際に使用してきた CERN(欧州共同原子核・素粒子研究所) では VMEbus Steering Committee(VSC) を作りVME拡張に対して技術勧告をおこなうなど標準化へ向けての作業を行ってきました。日本やアメリカでもSSC実験のための標準バスとしてVMEの拡張作業をおこなっていました。これらの動きを元にして素粒子・原子核実験の新しいバスとして拡張されたVME規格を使おうと言う動きができ昨年秋に VIPA(VME International Physics Association) が組織されました。これはヨーロッパ、アメリカ、日本の物理実験の技術者・物理学者と産業界から成り、物理実験のための拡張規格を定めることを目的としています。この拡張はVME64拡張規格の規格化と並行し作業を行いVME64拡張規格へもできるだけ反映させていくことを考えています。


5、VIPAで議論されているVME拡張  素粒子・原子核実験ではこれまで説明したような理由から9Ux400の大きなボードサイズの規格化をおこなおうとしていますが、この場合三つ目のコネクタの位置を定めなくてはなりません。これまでアメリカではJ3を下に持ってきていましたがCERNでは重い電源を下に持ってきて三つ目のコネクタへのアクセスを良くしたクレートが提唱されています。これはどちらかに決めなくては成りません。  アナログ・デジタル混在回路やECLを使った回路にはVMEが供給している電源の種類だけでは不十分です。これらの回路で必要な電源をどこに何本割り当てるか、またほかの拡張規格によるモジュールを挿したときの保護の方法などを定めなくてはなりません。また48Vの非安定化電源の供給も提唱されています。  このほかにも物理実験のための拡張の必要性が議論されていますが電源の違いの保護の方法などほかの拡張と整合性をとらなくてはならないものも多くあります。VIPAはあくまで、VMEの規格の中で物理実験の要求をできるだけ満たすよう作業を進めています。VIPAの活動については VIPAホームページ 等から資料を得ることができます。標準化へむけての参加や 意見 を歓迎します。